多民族共生人権教育センター
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インタビュー 近江渡来人倶楽部の活動目指しているもの

近江渡来人倶楽部の活動目指しているもの
−近江渡来人倶楽部 代表 河 炳俊(ハ ビョンヂュン)さん−

河炳俊さん
河炳俊さん

 日本に在住している在日外国人数が増加傾向にある中で、外国人の支援活動をされているNPO団体が増えつつあります。今号は、滋賀県大津市で活動をされている近江渡来人倶楽部代表の、河炳俊さんに、近江渡来人倶楽部を設立したきっかけ、活動内容、今後の活動についてお話を伺いました。
(事務局)

●近江渡来人倶楽部の設立

朝鮮初中級学校によるパレード
朝鮮初中級学校によるパレード

 私は在日コリアン2世で、滋賀県大津市に生まれました。27歳で大津青年会議所に入会し36歳で理事長に就任しました。当時は通名(日本名)を名乗っていたので、在日コリアンからは「帰化しているのでは」、「日本人として活動している」と揶揄されました。しかし、私は韓国籍であり帰化するつもりもありませんでした。そうした中、在日韓国人の団体である在日本大韓民国民団(以下、民団)滋賀県本部の団長や役員の方から、組織への積極的参加を勧められ結果的には父が滋賀民団創立時のメンバーでもあったので、40歳で在日本大韓民国民団滋賀県地方本部に役員として関わることになりました。
 このことは良かったと思います。なぜかというと、40歳までは日本人と一緒に活動し、日本人という視点から社会というものを見て40歳以後は民団で、在日コリアンという視点から日本社会を見ることができたからです。
 民団では、日本で生活する「在日コリアンとしての生き方を模索しながら、組織の一員として何か貢献したいと思っていました。当然、在日コリアンのためにということが基本ですから、特別永住者(滋賀県は数は少ないが日本社会に参加し、日本社会の一員であるということを日本人からも見える存在にしていきたいと思いました。そこで、このまま民団にいると、組織の枠内でしか活動できないと考え、役員を辞するとともに勉強期間として2年間を費やすことになりました。私たちは日本で長い間生活しているのに、既存の団体の枠に囚われた活動しかなく、新たな活動が生まれないのが不思議でした。その後、2000年4月に近江渡来人倶楽部を設立し、現在に至っています。

●活動内容、今後…

サンバの踊り
サンバの踊り

 講演などで話を聞いてもらうことは勿論ですが、在住外国人、とりわけ定住市民についての理解を促進するためには具体的な活動が必要です。
 そこで、生活習慣や芸術文化を通して、外国人の存在を日本人に知ってもらうところから始めたほうがいいのではないかと考えました。外国人と日本人が文化や芸術を通して、心の触れ合いを深めることを願い「ええやんか!おうみ多文化交流フェスティバル」を昨年から開催しています。

 2005年9月18日に行われた「第2回おうみ多文化交流フェスティバル」には、総勢35,000人の参加がありました。世界の歌やダンス、市民が自由に参加でき、パフォーマンスなどを披露する「ええやんか!パレード」、参加者全員がびわ湖ホールの舞台に立ってダンスを披露する「2万5千人の華」(※2万5千人は滋賀県下に在住している在日外国人数)、楽しいコンサートと多文化共生社会を語り合うシンポジウムを合体させた「コンサジウム」、多民族料理、民族衣装のファッションショー、バザーなどが企画されました。
 他には、OTCマダンという会員向けの講演会が2ヶ月に1回あります。これまで、韓流ブームについてお2人の市民の方に話をしていただき、会場に来てくれた方々との交流会を行いました。このほかに、春には「人権や国際交流」などで活躍しておられる方をお招きし、講演やパネルディスカッションなどを行う「ヒューマニティーフォーラム」に力を入れています。
 近江渡来人倶楽部の最大の目的は、在日コリアンに対する「偏見や差別のない社会」を築いていくことです。しかし、それを実現するためには、あまりにも日本社会の歴史認識のレベルが低いと感じています。教科書には書いてあるにもかかわらず、実際の授業では取り上げられない。そういった学習のムラを払拭する学習の場としての施設を作りたいという思いで、「渡来人歴史資料館(仮称)」を来年春にオープンする予定です。
 また、仮に歴史問題が改善されたとしても、もう1つ大きな課題があります。私たち在日コリアンは近代の渡来人として100年ほど前から日本にやってきていますが、バブル経済以後、ここ15年の間にはニューカマーと呼ばれる新渡日外国人が増えてきています。そのため、今日では在日コリアンの問題よりもニューカマーの問題がはるかに多くなっています。彼らは、少子高齢化によって労働力不足にある日本経済の根底を支えています。しかし日本政府は顕在化しつつあるニューカマーの問題について、ほとんど対策を行っていません。滋賀県はブラジル人やペルー人が多いのですが、不安定な雇用形態でいつ解雇されるかわからないという生活を強いられています。
 私たちが経験してきた「差別」による苦しみを、ニューカマーの人たちにまで経験させないために、あるいは、在日コリアン1世のような苦しみを、日系人の人たちに味わわせたくないという思いから、将来的な構想として「外国人サポートセンター(仮称)」の開設をめざすことになりました。生活全般の相談を受ける予定ですが、単なる駆け込み寺ではなく、悪いところは悪いと言い合える関係を構築し、相互理解ができるようにならなければなりません。そういった相談機関を5年以内には作りたいと思います。
 春のヒューマニティーフォーラム、秋の多文化交流フェスティバルを充実させる。そして渡来人歴史資料館、生活相談サポートセンターを開設する。私自身がコリアンというバックグランドをもつからこそできると思っています。これらが現在の活動と今後に向けての私の目標です。 

●近江渡来人倶楽部以外での活動

 在日コリアンの大多数がこれからも日本で永住していく中で、自分がコリア系であることを隠すことなく堂々と言える「環境」を確立することが大切だと考えています。そして、ニューカマーの人たちが、日本社会で生活し定着していける基盤づくりについて、私たちオールドカマーがしっかりと訴え続けていこうと思っています。
 そのため、新たに「コリア渡来人協会」の正式な立ち上げに向けて準備を進めています。出来るだけ早く拠点を各地に増やしていこうと考えていますが、まずは各地域で活動されている在日コリアンの呼びかけ人が集まって、外国人差別の実態などを勉強するため、会議を重ねているところです。

●在日コリアンに対する期待

沖縄伝統のエイサーを披露
沖縄伝統のエイサーを披露

 日本社会に偏見差別があることを生活の中で感じてきました。それが起爆剤となって、「何とかしよう」という思いが近江渡来人倶楽部へとつながったわけですが、設立当初はニューカマーの存在を、明確に意識していたわけではありませんでした。しかしその後の経験の中で、マイノリティの先輩として、あるいは第1世代の人たちの気持ちを考えて、これはやらなければいけないと思う様になりました。
 一部、在日コリアンの方々の中には、民族的な活動をすべきだという人もいます。しかし彼らが言っているような組織(本国との関係や民族意識を重要視する組織)にはしたくないのです。なぜならば、日本社会を改革しようとすれば、日本人と一緒になってやらなければならないからです。ニューカマーに対しても、在日コリアン1世のような思いをさせたくはありません。
 「帰化」について在日コリアンは、それまで日本国籍であったにもかかわらず、1952年、日本の国策によって「国籍」の選択肢が与えられないまま今日に至っています。ありのままの姿で生きていくことが出来ない厳しい現状の中、今後ますます帰化していく人が増えてくるでしょう。歴史的経緯を持つ在日コリアンは、仮に日本国籍を取得するのであれば、帰化という手段ではなく、当然の権利として日本国籍が与えられるべきだと考えています。また、ニューカマーの人たちの中にも定住化をめざす人たちが増えていることを考慮して、実現に向かって協力すべきと考えています。
 この様な活動を通じ、日本人と外国人の「多文化共生社会」の実現に向かって、各地でネットワークを構築し、日本社会の本当の意味での「国際化」をリードする一助になりたいと思います。
 活動の評価については試行錯誤の連続です。今までの活動の中でこれだという答えはまだありませんが、人々が私たちの存在を知ることによって、相談業務も増え、答えも出てくると思います。その結果、私たちの活動が必要とされなくなることが、本当の答えになるのではないかと思います。ただ、このような活動は1人ではできません。様々な人たちの助けを借りてこそです。多民族共生人権教育センターをはじめ、様々な人権団体と連携し協力していくことが大切だと思っています。同じ目的を持ち、目標を設定し、人脈を拡げて行くことが非常に嬉しく、活動の支えとなっています。

 

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