多民族共生人権教育センター
ホームへ オピニオンへ ニュースへ 組織紹介へ リンクへ メール送信

 

丹羽 雅雄 さん

プロフィール

丹羽雅雄さん1948年愛知県生まれ。現在、大阪弁護士会人権擁護委員会、すべての外国人労働者とその家族の人権を守る関西ネットワーク(RINK)代表。
鄭商根(旧軍属)戦後補償裁判、裴健一入居差別裁判、在日地方参政権訴訟、フィリピン母娘退去強制処分取消訴訟、嘉手納爆音訴訟弁護団などマイノリティーの人権や平和問題等に取り組み現在に至る。 

(弁護士)

『多民族・多文化共生社会にむけて ―在日外国人の人権と課題―』

2001年10月1日
企業学習会設立総会記念講演

出入国管理政策の転換 ―グローバル化と人口減少化を背景に―

 最近の動きをいくつか述べます。まず法務省の入管局で「第2次出入国管理基本計画」が策定されましたが、その内容は、従来と大きく変わりました。キーワードは次の2つです。1つは「グローバル化」。基本計画は「国際化の進展と共に、(略)IT革命等のグローバル化に対処するため、高度な技術、技能、知識をもった外国人労働者を積極的に受け入れる必要がある」と書いています。2つめは、「人口減少化時代」です。「わが国、社会は、少子高齢化の時代を迎えている。(略)外国人労働者については、農林・漁業・水産加工、それからホテル業、介護保健などの労働力不足について外国人労働者を積極的に受け入れていくことを検討する必要がある」とあります。つまり「人口減少化時代を迎え、労働力としての外国人労働者をどのように受け入れるか」が、重要になっているわけです。いずれにしても、従来の「単純労働者」は受け入れないという施策から、「労働力として積極的に受け入れる」といった基調に転換したことは明らかだといえます。

事実に反する「石原都知事発言」 ―日本民族中心主義的な動き―

 一方、2000年4月、陸上自衛隊の練馬駐屯地で石原都知事がした発言が波紋を呼びました。「三国人、外国人の凶悪犯罪が繰り返されている。震災が起きて騒擾が予想される」と。私たち人権運動をやっている立場からすると、非常に問題のある発言でした。発言の中で「外国人の凶悪な犯罪が繰り返されている」という部分がありますが、果たしてこれは事実なのか。私はこの点が事実かどうか、警察白書の分析をしたわけです。事実なら、きちっと対処しなければなりませんから。警察白書では、「来日外国人」という言葉を使っています。ここから永住者と米軍関係者は除かれています。統計的に見ていくと、刑法犯の検挙人数は、1993年がピークで、7,276人。そこから減少し、1998年では四分の一に減少しているわけです。また日本全体の刑法犯の検挙人数に占める外国人の割合は、やはりピークが1993年で、2.44%。これも減少し、1998年では、1.66%になっています。白書を分析した限りでは、「外国人の凶悪な犯罪が増加」というのは、事実と反しています。
 これ以外にも、在日の地方参政権の法案が自民党の保守勢力に阻まれるといったことがありました。そして「参政権をほしければ、国籍をとれ」と言わんばかりの「国籍要件緩和論」が出てきました。また、「新しい歴史教科書をつくる会」や靖国の問題がありました。
 ここまでの出来事をまとめると、まず出入国政策において、外国人労働者を積極的に受け入れていく基調が現れた。しかし一方で、石原発言を筆頭とする日本民族中心主義的な動きがある。このような中で私たちは、共生という内実を政策として、運動としてどのように打ち出していけるのかが、突きつけられています。

在日外国人の構成実態

丹羽雅雄さん 2000年の統計では、90日を越えて日本に滞在する外国人は168万人強です。日本の総人口の1.33%です。ちなみに諸外国では、全人口に占める外国人の割合は、オーストリアで9.1%、ベルギー8.9%、デンマーク4.7%、ドイツ9%、オランダ4.4%、ノルウェー3.6%、スウェーデン6%、スイス19%、イギリス3.6%、アメリカ約5%です。日本は在日コリアン含めて1.33%だから、まだまだ閉鎖的なわけですね。ここまでは国籍で話をしました。私もそうでしたが、従来は外国人か日本国籍者かという二元論でものを考えることが多かったのです。しかし国籍だけでコリアンを数えることはできませんよね。日本国籍をもつコリアンもいます。日本の法制度上は、「帰化」が1999年では233.900人いるわけです。さらに日本は1985年に国籍法が改正されて、父または母のどちらかが日本人であれば、子どもは日本国籍を取れます(父母両系主義)。するとその子どもたちは「ダブル」ですから、この子たちのデータも本当は必要なわけですよ。しかしトータルを捉える統計がない。「統計がない」ということは、人権政策をはじめ、何もその人たちに対する「政策がない」ということです。

戦後補償ということ ―鄭商根さんのケースから―

 私は、鄭商根(チョン・サングン)さんという、今は亡くなられましたが、朝鮮人軍属の方の裁判をやってきました。戦前、済州島に住んでおられて、結婚して1年半目に徴用されました。子どもはまだ1歳でした。今から日本帝国のために頑張ってもらわないといけないと言われ、彼は帝国海軍軍属としてマーシャル諸島方面に行き、1943年に、連合国の爆撃に遭います。それで、右前ひじを切断し、鼓膜を裂傷し、当時は失明状態でした。復員船で日本に戻って、横須賀の海軍病院でリハビリ等をして、敗戦を迎えます。彼は重度身体障害者になりました。彼は、韓国の済州に妻子を残しているわけですが、断腸の思いで日本に残ります。そして廃品回収や古本屋をやって生計をたてていくわけです。そういう人たちがどうなったか。戦傷病者戦没者や遺族への援護法ができ、恩給法もできますが、国籍条項がありました。要するに外国人は、だめというわけです。日本人だと、どれくらい補償されると思いますか。1996年の段階で言うと、毎年298万円の年金です。1952年からその当時まで合算すると、第4高度障害の場合、4,888万円です。なのに鄭さんは、一銭ももらえない。外国人だからダメというわけです。軍務に服したことは一緒じゃないですか。軍務に服して、大ケガをしたのだから、援護法の1条、国家補償の精神からいけば、おかしいので、「法の下の平等」をたてに裁判をやったわけです。

 1965年に日韓請求権協定が結ばれました。当時の日本は、いかに戦後賠償でなく経済援助にするかを考えてたんです。結局在韓の戦死者の遺族に対し、当時のお金で一人当たり30万ウォンが払われました。しかしこれは在韓の遺族だけ。在日のことは、全く無視です。
 結局、大阪地裁は、在日が日韓両政府から排除されてしまったこと、日本人と比較して5,000万円も違うことを認め「法の下の平等に違反する疑いがある」と言った。高等裁判所も、国際人権規約に違反する疑いがあると言いました。しかし平等に払うのには予算がいります。それで立法府に任せてしまったわけです。そして「弔意金法」ができ、2001年4月から施行されています。「弔慰金法」の中身は、日本に住む在日韓国人の軍人軍属、それから日本に住む遺族について、遺族の人は1人当たり260万円。それから当事者、合わせて400万を払いましょうというものです。これだけ。日本人なら死ぬまでもらえます。もし鄭商根さんが日本人なら、死ぬまでにもらう額は、6,000万円を越えたでしょうね。

 でも鄭商根さんの場合、亡くなってしまったわけです。私は裁判を引き継いでいくために、韓国で息子さんと妻に会ってきました。息子さんは最後に「私は父の恨(ハン)を受け継ぎます」と言いました。「恨」とは日本語の「恨み」とは違って、マイナスではなくて、民族の苦悩を表しながら、それを前に打ち出していくという表現です。
 鄭さんが亡くなる3日前に、呼ばれて病院に行きました。そして僕に何を言ったかというと「実は、戦争でケガをしたことも苦しかった。けれども、もっともっと苦しかったのは、戦後ですよ。重度障害を背負って、日本で生きていくことの苦しさが分かりますか」と。彼はそう言って死んでいきました。遺族は在韓で、何も受け取れません。10年間裁判をやり、法律もできたけれど、結局一銭も補償できなかったわけですよね。

ニューカマーの労働の実態

 1990年、入管法が大きく改訂されました。この時、就労できる在留資格と就労できない在留資格、身分又は地位にもとづく在留資格に分けられました。この「就労できる資格」の人は、15万4000人くらいしかいないんです。この中で多いのは、興行です。

丹羽雅雄さん ところが外国人労働者は、実際はもっともっといるわけです。例えば「留学、就学」も就労です。大学などに行く人は働いてはいけないんですが、週に28時間まではアルバイトをしてもいいことになっている。今、日本には76,0000人くらいの留学生がいますが、ほとんどが私費留学生で、バイトをせざるをえません。ですから潜在的な資格外就労者になる。留学生を受け入れる環境整備ができてないんです。1990年は、バブル期でした。企業側は、日本青年がなかなか3K労働(きつい、きたない、危険)に来ないから、外国人労働者が要ると言い出したわけです。経済界の需要だったんですね。「開国か鎖国か」という議論の中で、開国しようという結論になります。しかし法務省は、原則、単純労働は受け入れないという立場をとりました。しかしそれを建前にしながら、企業の要望との調整を図った結果、「研修」という枠の問題を生み出しました。中国、インドネシアからの労働者の多くがそうです。これは海外技術移転並びに人材育成という建前なんですね。研修生は労働者じゃないという建前だから、賃金を払わなくていい、労災も適用させなくていい、と。

「研修」という名の労働の実態 ―武生の中国人女性たちの闘いから―

 私が関わった例をお話します。福井県の武生の繊維会社に、中国人の若い女性が100人も送りこまれていました。彼女たちは、日本に来るために高額の保証金を積まされるわけです。もし逃げたりすると保証金が没収されるというわけです。事前の約束では、研修中は給料が出ないかわりに、手当てとして5万円もらえる。宿舎は2人部屋で冷暖房完備。検定試験を受けて技能実習生になったら、賃金も手取り8万7千円になるという約束でした。ところが彼女たちが日本に着くと、まずパスポートを取り上げられます。次に車に乗せられてどんどん山の方へ行く。着いてみると、宿舎はプレハブ、6人部屋です。ここで既に約束違反です。次に働き出しますね。すると手当て5万円のはずが、1万円です。4万円はどこに消えたかというと、強制貯金だという。「貯金しているから安心しろ」と。でも貯金通帳は見せてくれない。それでも彼女たちは、我慢しました。残業も我慢してします。そして1年がたちました。検定試験はすぐに終わり、いよいよ8万7千円をもらえるかと思ったら、1万5千円しかくれない。これはおかしい。聞くと、4万円の強制貯金があって、残りは何とか管理費という、控除項目があるという。労働基準法上、中間控除する時には協定がいる。勝手な控除はできませんから、これは立派な協定違反です。

 ついに彼女たちは怒ります。50人で、山の中から5時間かけて歩いて、理事長宅に抗議にいきました。座り込んで、納得のいく説明をしてくれと頼みます。そのうち日が暮れて、10時も過ぎました。すると理事長側は、車4台で彼女たちを取り囲んで、ライトを当てます。そして「中国人め!」と言った。民族差別です。そして腹を蹴るんです。暴力行為です。彼女たちはいよいよ我慢できなくなったんですが、どこに相談すればいいかわからない。ところがその中の1人が、市役所に行くんです。たまたま応対した市役所の職員の女性が、これは大変なことだという感性を持って、早急に対応したわけです。NGOとか、いろんなところに電話して、結果的に私たちRINKのところへも連絡がきました。それで大問題になりました。国会質問もしました。最後は裁判になって和解したんです。

 なぜこの話をしたかというと、今の第2次基本計画の柱は、こうした労働を拡大することだからです。農林漁業、水産加工、ホテル業、介護。職種を拡げて受け入れようということになっていますが、今話したように、大きい人権問題をはらむ可能性があります。

子どもたちの教育の保障

 外国人登録者の60%以上はニューカマーです。その国籍で一番多いのはブラジル、中国、フィリピンと続きます。ブラジルは日系人、中国は残留日本人とその子ども、フィリピンは、国際結婚が中心ですね。日系人は実際は労働力として受け入れました。現在、約30万人近くいる日系人は、ポルトガル語やスペイン語を話します。すると子どもたちは、学校へ行っても、授業が全然分かりません。学校現場に、日本語ができない子どもたちが、2000年9月段階で、18,432人もいます。受け入れのシステムがないから、現場の先生たちは、本当にどうしたらいいか悩んでいます。これが近年特に顕著になってきた問題です。
 ニューカマーに関して、子どもたちの教育は大きな問題です。無国籍児が、10才未満で約千人を越えている。潜在的無国籍児はもっといます。例えばあるタイ人の女性は、自宅で1人で出産した。知られて強制退去させられるのを恐れているからです。そうして生まれた子どもに関しては、出生届は出されておらず、全く未登録、無国籍です。

 3つのポイントがあります。1つは、子どもの在住資格や国籍どうであれ、公立の小中高幼稚園を含めて、教育を受ける権利がある。よって地方自治体は、子どもないし親の在住資格の有無にかかわらず、子どもを受け入れて教育を受ける権利を保障しなければならない。2つめとして、子どもたちの民族の言葉、文化、歴史、これらを日本の公教育の中で保障していかないといけない、ということです。3つめ。マイノリティの文化や人権を、多数者のわれわれが理解できるだけの相互関係がつくられているかということです。

違いこそ社会を豊かにする ―多民族共生社会に向けて―

 違いを違いとして認める、多民族共生社会システムをつくらないといけない。外国人は人権主体であって、管理対象じゃない。日本には、外国人の法律として、入管法と外登法という、管理法しかない。ヨーロッパではだいたい、外国人差別禁止法を持っています。「差別禁止法」のような、国籍を問わないマイノリティの人権保障システムを作る必要があります。違いがあるからこそ価値がある。違いがあるからこそ平等でなければならない。違いこそ社会を豊かにする。そんな共生システムをつくるのが、最大の課題だと思います。

 

ホームへ オピニオンページへ ニュースページへ 組織について リンクページへ