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岡部 一明 さん
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プロフィール
1950年栃木県生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒。長年、サンフランシスコ在住のジャーナリストとしてアメリカの市民運動を取材。日米間の草の根市民交流にもつとめる。米国永住権(グリーンカード)を取得後、米市民権(米国籍)も取得。2001年4月より、東邦学園大学助教授をつとめる。
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(東邦学園大学助教授)
「アメリカの多民族社会」
2002年2月18日
第4回多民族共生人権啓発セミナー 講演
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◎母国で「外国人」になる〜二重国籍を認めない日本〜
私はフリーのジャーナリストとして、アメリカ社会のいろいろな動きを取材して、日本に送ってきました。昨年3月まで9年間アメリカにいましたが、その前に永住権があたって、アメリカに行ったわけです。アメリカでは永住権が毎年、抽選で4万人にあたるんです。私は市民権(米国籍)を取得して、「外国人」として日本に帰ってきたんですけど、今度は日本で永住権がとれないんですね。長く日本に住んでいないと永住権がとれません。それに対してアメリカでは、最初から永住権をとって移民してくるし、永住権をとって5年たつと、簡単なテストを受けるだけで国籍(市民権)をとることができます。
アメリカは二重国籍を認めていますが、日本は原則として認めていなくて、どちらか一方の国に忠誠を誓わなくてはなりません。ですから私は米国籍を取得した後、「日本国籍喪失届」を出す他なかったのです。私は日本語をしゃべるし「日本人」に見えますけど、実は「アメリカ人」なんです。外国人登録証を持ち、在留許可をとって、日本に住んでいます。こういう「変わったアメリカ人」や、「変わった日本人」がいていいんじゃないか。そういう人間がいることで、人々の持っている「民族」、「国籍」なんかに対する考えを変えていったらいいんじゃないか。そんな気持ちもありまして、日本国籍をやめたわけです。実際、在日外国人の方はいろいろ苦労されています。そういうことを体験するのも視野を広げると思ったのです。
欧米の国のほとんどは、二重国籍を認めています。これは経済活動でもメリットがあるんですね。二重国籍を持つ人は、両国で自由な経済活動ができるわけです。日本はこの点で遅れをとっているとよく指摘されます。
◎アメリカ社会の人種構成の変化
アメリカは、総人口が増えているんですね。現在、人口2億8千万人。「少子化」どころではありません。アメリカ社会の人種構成も変化しています。日本ではいまだに「青い目のアメリカさん」というイメージがあるかもしれませんが、実態は違っています。最近では中南米系の人口が、黒人(アフリカ系アメリカ人)人口を超えました。アジア系も増えています。今やアメリカ社会の3割がマイノリティです。私が住んでいたカリフォルニアでは、もう、いわゆる「白人」が人口の半分を割っています。アメリカ全体でも、21世紀半ばには、「非白人」の人口が白人人口を超えると言われています。大規模な転換です。例えば日本で「日本人」が半数になることって、想像できるでしょうか。アメリカでは、いわば人類史上例がない、「実験」の最中なのです。
歴史をふりかえりますと、アメリカへの移民は、1950年代までヨーロッパ系が中心でした。1960年代からの公民権運動が広がって根本的に変わるんですが、それまでのアメリカ社会は人種差別的で、移民もヨーロッパ系が中心だった。それが、1966年新移民法で各国平等になります。第三世界を中心に移民が増え、この10年間で、一千万人の外国人がアメリカに入ってきました。東京都の人口ぐらいですよ。非白人がこれだけ増えていることに対して、反発はあります。「日本でも外国人排斥がある」といいますが、単純に比べられないところがあると思います。
◎多様性が活力になったシリコンバレー
サンフランシスコは3割がアジア系です。文化的にも多様なところで、同性愛者の権利を守るデモには毎年、全米から20万人30万人が集まっています。ゲイの人たちはレインボー・フラッグ(虹の旗)をシンボルとして使っています。
サンフランシスコの近くに、企業が集中するシリコンバレーがあります。このあたりは多民族化が進んでいるばかりでなく、NPOの活動も盛んです。ハイテク産業も非常に盛んです。コンピュータ産業、半導体、パソコン、インターネットもここが中心地です。マルチメディアでも全米最大の集積地があります。ここが産業的に活発なのは偶然ではありません。カリフォルニア大学バークレー校は1964年に学生運動の発火点になりました。公民権運動の影響から、「スチューデント・パワー」が全米に広がりました。公民権運動と若者の運動をつなげたのが、ここカリフォルニアでした。
シリコンバレーの中心にスタンフォード大学があります。シリコンバレーは世界的に最も成功した「大学を中心とした地域づくりの事例」と言われます。この大学の卒業生に、地元で起業するように促していったわけです。そこで生まれたのが、ヒューレッド・パッカード、インテル、アップル、ヤフーといった企業でした。そこで多民族社会が大きな役割を果たしています。中国系やインド系の人はそれぞれ業界団体を持ち、積極的な支援を受けています。
シリコンバレーの技術者の3分の1はアジア系、ベンチャー企業の4分の1がアジア系なのです。以前だったら、移民は貧しい地区に住み、「移民ビジネス」といえば、「エスニック料理、エスニック雑貨」というイメージだったのですが、今は違います。移民ですから、母国との交流も活発で、活力があります。「単一民族国家こそ素晴らしい」というのは、もう通用しません。単一的なやりかたではむしろ停滞します。多様な考え方の中で切磋琢磨して、新しい文化がうまれる。日本では多民族社会といえば「混乱が起こる」というイメージがありますが、それがうまくいった時、どれほど素晴らしいものをうみだすか。その一例がシリコンバレーだと思います。
◎活躍するNPOセクター
私が取材したNPOに、デジタル・ディバイドをなくすためのNPOの活動があります。例えば中南米、アフリカ系住民の多い地域で、子どもたちにインターネット等を教えています。ちなみにサンフランシスコ中央図書館には館内には300台のインターネット端末が備えられています。家にパソコンがない人でも、図書館に来れば無料で使えます。日本と違って、アメリカの公共図書館の99%には、インターネットが入っています。アメリカでは一般の商業データベースも使えるようになっています。これもやはりデジタル・ディバイドを是正していくためのものです。低家賃住宅をつくるNPOや、外国人労働者に職をあっせんするNPOもあります。また、NPOセクターと企業セクター、行政セクターの間の人材交流が盛んで、ついこの間まで日系人の老人のケアの活動をしていた人が、自治体の「高齢者局長」のポストに収まっていたりします。
◎雇用差別を許さないシステム
日本では公務員になるのに30歳とか、年齢制限がありますよね。あれはアメリカだったら完全な違法です。罰金もあります。また男女別の募集は禁止という決まりがあるんです。「女性の配役のために女性の俳優を求める」というのはいいですが、「営業には男性がいい」というのは合理的根拠がないからダメですね。日本の履歴書はもう、全部ダメです。日本の履歴書には写真を貼らせますが、あれも違法です。アメリカの履歴書には男女欄も年齢の欄もありません。日本も部落解放運動の成果で若干変わりましたが、アメリカでは履歴書に書かせていいのは、「どんな教育を受けてきて、どんな仕事をしてきたか」だけ。その仕事をする労働能力があるかどうか、それだけで判断します。企業も「この制度でやるしかない」と、ハラをくくります。さらにアファーマティブ・アクションもあります。「差別しません」というポーズではダメで、結果として、どれだけマイノリティを採用しているかが問われます。逆行する流れもありますが、企業が独自に行なうアファーマティブ・アクションは続いています。
◎「変われる社会」か
こういうアメリカの話を日本ですると、「やっぱりアメリカは多民族社会。違うんだ。日本では真似できない」という意見が必ず出るんですが、私はそうは思わない。むしろ、アメリカと日本は似ていると思うんですね。今、アフガンの戦争でアメリカは批判を受けていますが、やはりアメリカ中心の考え方が強いですね。アメリカを中心としたグローバリズムで世界をまとめようとしている。異文化への感受性はあまりない。日本も本当は朝鮮半島や大陸、いろんなところから人が渡ってきたはずです。アイヌ民族もいる。ただ途中から単一的な国になってしまった。
アメリカも同じで、西半分はアジア人の国になってもおかしくなかったのです。ところが20世紀初め、移民排斥で第3世界からの移民を実質的に止めた。「白人の国アメリカ」は意図的につくられたものに過ぎません。アメリカはいわば、大きな「島国」です。ヨーロッパ諸国は国境を接し、文化的交流もあり、戦争もありで、自分中心の価値で押し通すことはできないわけですが、アメリカはそうではありません。
それがなぜ変わってきたかというと、やはりマイノリティの運動が、1960年代から起こっていって、アメリカ社会を変えてきたからです。アメリカと日本は似ています。でも「変われる社会」かどうかが大切です。日本は確かに変わりにくい。変われなかったら、経済も含め、停滞していくしかありません。多様な価値観を受け入れ、包含し、活発にやっていく社会になれるでしょうか。アメリカも欠陥の多い社会だけれど,努力はしています。実際いま日本でも、いろんな人が変える努力をしています。その努力に参加していくことが大切ではないでしょうか。
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