差別に苦しんだ日系移民
日本もかつては貧しくて、多くの人間を外国に出さなければいけなかった。明治維新からこの前の戦争が終わるまでの間に約100万の人が、移民として日本を後にしました。戦前は、「移民旅券」と通常の旅券が別になっていたんですね。
第1期は専ら北米。最初はハワイ、その内に西海岸、カナダですね。行き先に中南米、東南アジアが加わったところで第2期になります。第3期は、アメリカがもう日本の移民は原則入れないと政策決定を下す。そこで、がくっと北米は減って、そのかわりに中南米、東南アジアに出ていきました。第4期は満州です。第5期、真珠湾攻撃以降は、北米も中南米も東南アジアも移民ゼロです。それはそうでしょう。天皇の軍隊が鉄砲をもって赤道の方まで行ったわけですから。自由に送り出せるのは、実質日本の植民地である満州国だけ。締めて100万ということなんです。
移民として送り出された日本人が何を味わったかというと、象徴的なのは、アメリカでの激しい差別、冷遇でした。日本人は学校に入れないとか、部屋を貸さないとか、さんざん差別冷遇されるんです。日本政府もアメリカと掛け合いますが、うまくいかない。アメリカの国務長官から日本の外務大臣にきた文書にこういうのがあるんですね。「お宅からの留学生は、教育機関に登録をすると、姿を消してもぐって働いている。こういうのはやめてくれ」と言われるわけです。ひと頃日本で中国の留学生が、日本語学校に登録して、もぐって働いて大騒ぎなりましたけれども、昔は、日本人もアメリカで同じようなことをやっていたんですよ。その時期にたまたまベルサイユ講和会議が開かれ、日本政府も代表団を派遣します。そしてアメリカのウィルソン大統領の提唱で国際連盟が新しくできます。そこで日本は国際連盟の規約の中に次のような文言をいれるべきだという演説をぶちます。
「すべての国家の人民に対し、その人種および国籍の如何により、法律上または事実上何らの区別を設けることなく、一切の点において均等公平の待遇を与うべきことを約す」という文言を入れてほしいと。これだけ見ると、当時の外交官や政治家は高邁な理想をもっていたのかなと思いたいですけれども、よく調べて見ると、どうもそうではない。アメリカで差別・冷遇に苦しむ日本人移民たちその差別を少しでも解消するために、日本政府の外交努力をということで思いついた提案だったんですね。
「すべての法律上、または事実上何らの区別を設けることなく、一切の点において均等公平の待遇を与える」なんていうのは、今だって不可能ですね。だけど差別される側の身に立ってみると、こうも言いたかったんですよね。一切の点で均等公平となれば、「外国人だけいつも登録証を持って歩け」とか、「外国人は投票させない」、「公務員になれない」とか、こういうものがダメになりますからね。
人種差別を禁ずる法律がない日本
浜松の宝石店の入店拒否にあったブラジル人の女性が、宝石店を相手に裁判をしました。日本は人種差別撤廃条約に加入したものの、そのための具体的な差別をなくすためのシステムがないからです。差別事件が起きたら個別に裁判で救済を求めるしかない。この事件(アナボルツ事件)は、国際的な反響を呼びました。日本における人種差別を非常にあからさまに世界に知らせることになったわけですから。
労働基準法と職業安定法は、日本の法律で国籍による差別を禁止している珍しい法律です。あまり労働基準監督署も職業安定所も、意識して在日朝鮮人の差別をなくすために何かしてきたとは思いませんけれどもね。だだGHQはちゃんとこういうものを残した。国籍によって差別してはいかん、とはっきり法律に書いている。
小樽の入浴拒否問題はご存知でしょう。アメリカ人の英語の先生が日本人と結婚しているんですが、長女は黒髪で日本人のお母さんに似ている。ところが次女は青い目でお父さんに似ている。家族4人で温泉に行くと、お父さんと次女は入れない。お母さんと長女はいいのです。最初、お父さんはアメリカ国籍でしたが、その後帰化したんです。それで、また温泉に行ったんですが、やはりダメ。温泉には「ジャパニーズ・オンリー」と紙が貼ってあるんですね。前はジャパニーズ・オンリーというのは「日本国籍を持つ者」だけの意味だったかもしれない。でも今度は4人全員日本国籍者です。なのに父親と次女はダメ。「ジャパニーズ・オンリー」のジャパニーズは、大和民族だけを指すわけです。典型的な人種差別ですね。
しかしこの「ジャパニーズオンリー」という看板を止めさせることは出来ないんです。腐ったものを売れば、食品衛生法違反で営業停止になりますけれど、このお風呂屋さんの免許は取り消せない。日本では、悪いことではないことになります、公式にはね。人の物を盗んだり傷つけたりしたら道徳的に悪ですから、何らかの制裁があるわけです。ところが差別には制裁がない。人種差別を禁止する法律がないんです。
共に考え、共につくる
このような質問をいただきました。「宗教など、多文化の違いを企業側からどう取り上げれば良いか。雇用をする際の課題(採用、福利厚生、日常の接し方)について意見をお願いします」。私が一つ申し上げるとすると、やっぱり「一緒に考える」ということが基本だと思うんですね。
日本では、少し変わってきたかも知れませんけれども、外国人はこれまで「助っ人」でした。できるだけ民族衣装が何か着てもらって、できるだけ片言の日本語で、外国人らしく振舞ってもらうと国際交流が進むというところがあるんですね。そうじゃなくて、一緒に考える必要がある。複眼思考するということですね。以前「投票してこそ、横浜市民」という横浜市のポスターがありました。これは日本人の側だけから見れば、どうということはない。でも向こうから見たらどう見えるか。こっちから決めてかからずに一緒に相談をしながらやって行く。そのためには企業の中で、外国人の人が参加して、一緒につくっていくということだと思いますね。
どこかに処方箋があって、その通りやればいいというような、ノウハウ的に考えられない方がいい。できるだけ当事者と相談しながらやっていく。気になっているのは、留学生のOBなどは、割合就職しているんだけれども、契約社員で、社会保険を外れていたりする。そうすると、まさに共同参画ではないですね。やっぱりお客様なんですよ。ですから、できるだけ一緒にことを動かしていくことが大切だと思います。
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