多民族共生人権教育センター
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講演 北口末広さん 「人権時代を創造するために」

北口 末広 さん

北口末広さんプロフィール

 1956年4月大阪市生まれ。京都大学大学院(法学研究科博士課程)終了。現在、近畿大学教授、部落解放同盟大阪府連書記長、ニューメディア人権機構事務局長。
 著書に「人権の時代をひらく創造へのヒント」(解放出版社、2002年)など。

(近畿大学教授・多民族共生人権教育センター理事)

「人権時代を創造するために」

2004年9月16日
第3回 多民族共生人権リーダー育成合宿研修会

今日の政治・経済状況と人権

北口末広さん 現在、国、地方あわせて700兆円余の借金を抱えています。これは、赤ちゃんから高齢者まで、一人あたりおよそ600万円の借金ということになります。その他の借金を合わせると、一人あたり800万円になります。事実上破綻していると言ってもおかしくありません。
 単年度の赤字国債についても国民一人あたり約30万円の借金をしているということになります。これらを解消するためには極めて単純なことですが、収入を増やし、支出を減らすことが基本になります。  
 そこで、大増税になるとどこから徴収するのかですが、消費税等を上げることになります。小泉総理は自分の任期の間は消費税を上げないと言っていますが、間違いなく増税しないと破綻してしまいます。また、今日の日本の国債依存度は第2次世界大戦中の水準に匹敵しています。借金を返すために借金を重ねるという状態にあります。イングランド銀行のレポートでは、世界の金融危機の発震源となり得る国として、アルゼンチン・トルコ・日本をあげています。こうした財政状況のもとで、これからの日本社会は、人口をはじめ多くの面で縮小社会になっていきます。そうした点をふまえるならば、日本にとって、交流人口を増加させる「多民族共生社会」を造ることは経済にとっても重要な課題になります。労働力も、少子高齢化の中で、多くの仕事の分野を外国人に頼らなければならなくなっていきます。現実に、そのような方向で労働政策も動いています。今後、様々な国から来日されますが、差別的な国では定着しません。悪いシステムからは人が離れていきます。将来への不安から子どもを生まなくなり、人々が海外へ逃げていき、海外からは人が来ないといったような状況になりかねません。
 この講演のテーマでもある「人権時代を創造するために」にあたって、まず今日の日本の経済状況は良くないということを理解しておく必要があります。つまり限られた財源で人権時代を創造することが求められているのです。そのためにもこれまでの発想を大きく変える必要があります。さもなければ、政策が単なる縮小コピーになり、人権状況はますます悪化していきます。

思考の壁を取り除こう

北口末広さん 「イデオロギーは過剰になる」といわれています。一つの思想や理論が誕生すると、それらの教条が金科玉条になり、ますます特化します。そして、教条的になった思想や理論によって現実を捉えようとし、現実の一面のみが強調され、現実の誤った捉え方を助長します。
 誤った現実の捉え方は、誤った方針に結びつき、現実から遊離した実践へと繋がります。ただ、その方針や実践を担っている当事者は、絶対的な正義と組織の守護者であると確信しています。さらに悪化すると、自ら信じている思想や理論に基づく方針や実践が成功しないのは、自身の思想や理論に問題があるのではなく、理論に合わない世の中や他の組織に問題があると考え、その責任を転嫁します。こうした動きの中で、思想や理論はますます過剰になり、現実から遊離したものになります。
 このような一連のサイクルの中で、硬直的な思考が助長され、思考の壁や枠組みが何重にも張り巡らされ、思考のスパイラルが起こります。これらの壁や枠組みを取り除かなければ、変革の時代を切り開くようなアイデアは出てきません。
 社会には多くの制度的規制が数多く存在しています。これらの規制の中には社会のセーフティネット等の役割を果たしているものも数多くありますが、そうでないものもあります。私たちは規制のすべてが絶対的な制度と思い込んでしまい、その制度を前提に物事を判断する傾向が出てきます。制度が変わる、変えられるといった発想が抜け落ちてしまい、制度的規制が思考の規制へとつながります。
 社会の規制的システムは、意識・感覚・思考の規制や壁につながっている場合が少なからず見られます。思考の規制を外して自由な発想で考えればもっと簡単なことでも、それが張り巡らされているときは、なかなか思いつかないことが多々あります。
 一つの目的を達成するために、多くの方法・手段があるにもかかわらず、ある目的を実現するために使われてきた方法・手段が長期化すると、他の方法を考えるという発想すら失われることがあります。長年「特別法」のもとで展開されてきた同和行政の、今日の状況がまさにそうです。同和行政の方法・手段は、特別措置で行わなければならないという発想や壁であります。同和行政の目的は、特別措置を継続することではなく、部落差別を撤廃することです。目的を達成するための行政が、同和行政であると考えれば、部落差別撤廃のためにつながる行政は、全て同和行政であるといえます。その方法・手段は、特別措置という発想の壁を取り除けば、もっと多様な手法が見えてきます。そのためにも思考の規制を取り除き、思考の特区を創る必要があります。
 時代の変革期には、画期的なアイデアが数多く登場します。これは社会の規制的システムが破壊され、取り除かれることによって、思考の規制も部分的に取り除かれ、自由な発想になるからです。現在の日本社会は大きな変革期であるといえます。この変革期に、これからの時代の人権実現のためのグランドデザインを描くには、いかに思考の壁や規制を撤廃するかが重要です。人権がより尊重された社会を創造していくという原則を貫くためにも、柔軟な思考特区が求められています。
 政策というのは、極論をいえば限られた【人】【お金】【情報】を如何に使うかです。限られた人材やお金をどこにいかに振り分けるか、情報をいかに流すかで、新たな社会システムを創造する必要があります。

内外情勢の変化を読む

北口末広さん 現状打破の精神が失われた時、人間も組織も確実に衰退します。急速な環境変化の中を生き残るためには新しいビジョンと新しい戦略・方針が必要であり、これまでのやり方であれば、そのうち上手くいくようになるといった考え方で組織を運営することは亡びる道につながります。抜本的に変える必要があり、決断と実行が多くの分野で求められています。
 人権分野でもなぜ改革が必要なのか、他の多くの分野についても当てはまることがありますが、現実の変化、外部環境の変化、特に、国際環境の変化は社会を大きく変えます。しかし、国際情勢の激変とともに国内環境も大きく変化しています。政権のめまぐるしい変化の底流で、確実に社会全体の変化の潮流は大きくなってきています。経済状況も合わせて見るならば、一層顕著であります。
 いつの時代にあっても成果がある局面、ある時点で欠陥に転換する面があります。環境が大きく変化する中で、これまでの組織やシステム、理論が時代遅れになり、社会発展や組織の目標達成にとって、大きな障害になっている場合も少なからず存在します。組織が時代に合わなくなっていることによって、本来の持てるパワーを情勢変化に対応して充分に発揮できていないことが多々あります。組織の持っている人的資源や情報資源を有効に活用するためにも組織改革が必要なのであり、改革が人々の力や人間の持つ前向きな意識を引き出します。逆に改革を怠ると組織が死に至る病になります。
 こんな話があります。行政職から民間職に転職した人がいました。行政機関で働く人々は、電話が増えると仕事が増えるので、誰も電話を取りたがらないが、民間企業は、我先にと電話を取るといっていました。例えば金融機関の不良債権処理の仕事を担当している人の場合、数多くの処理をすれば担当になった人の評価が高まるし、給料も上がるというシステムがあれば働いている人々の意識も違います。行政機関で働く人々は、多くの仕事をこなしても給料が増えるということはありません。このように、組織のシステムによって人々の意識・感覚が随分違うということです。
 変わるべきは組織や理論に合わない現実ではなく、変化する現実に合わない理論や組織であり、方針や政策です。現実は理論に合わせるために存在しているわけではありません。組織における人材と財政、情報、時間を無駄にしないためにも改革を急ぐ必要があります。

関係性を変える政策創造を

北口末広さん ところで、差別は人と人との関係の中で起こります。人と人との関係は社会の種々のシステムと密接に関わっています。人の心の問題も同様で、差別・被差別の「関係性」と「社会のシステム」、「意識・感覚」は連動しています。
 人と人との関係を改善するとき、交流だけでは解決しません。関係を歪めている、あるいは断絶させている状態がなぜ存続しているのかということを究明し、原因を解明しない限り人と人との関係、差別・被差別の関係を改善することはできません。社会システムも長い年月をかけて作られる文化や慣習といったものからその時々の政治や経済の政策といった短期間で構築されるものまであり、国際レベルの政策から国・地方自治体や個々の組織、家庭のような小さな単位のものまで存在します。これらの政策も人々の意識や関係性に大きく影響します。
 どのような政策が差別撤廃・人権確立に結びつき、差別・被差別の関係性を改善することにつながるのかを考察することが重要です。一つの政策が人々の意識や関係性を大きく変えることもあり得ます。ある政策によって、人々の関係が悪化し、差別が強化される場合も存在するし、一つの政策によって人々の関係が改善され、差別撤廃に繋がっていくこともあるのです。
 私は、差別する側がマイナスになるようなシステムを作る必要があると考えています。進化する人権システムを創造する基盤は、人権に関して問題提起できるような社会のシステムであり、それらに関して解決方策を提示できるような人権相談・救済の社会システムが確立されていることです。差別撤廃人権システムを作り上げ、具体的な人権侵害の現実を吸収して、それをステップにしながら、社会のシステムを変えていく必要性があるのではないかと考えています。
 そのためにも人権相談のための専門的な資格等があればいいと思います。

おわりに

 講演の依頼を受けた時に、私が何故部落問題に携わっているのか聞きたいという話が出ていたので、最後になりましたがお話させていただきます。私は3兄弟の末っ子として、大阪市旭区に生まれました。私はどちらかというと体育系だったので、自分が部落解放運動をするとは夢にも思いませんでした。当時、同和対策奨学金制度(部落出身者が高校や大学へ入学する時の奨学金制度)があったのですが、私はその奨学金を受給するのがどうしても嫌でした。なぜなら、申請するためには、自分が同和地区出身であることを公表しなければならなかったからです。その当時は私も「寝た子を起すな」という考え方でした。そのため大学資金を貯めるためにアルバイトを始めました。一年中働いて、一日2,500〜3,000円稼いでいました。昼間は土木作業、晩は百貨店の模様替えのアルバイトをしていました。高校3年間で100万円貯めました。そうやって大学資金を貯めていました。
 その時、たまたまバイト先の親方と仕事の関係で生江地区の前を通ったとき、「北口くん、ここらへん怖いから気いつけよ。」と言われました。私は自分が生まれたところだといえませんでした。「あ、そうですか」としか言えなかった記憶があります。
 そこからですね、他人に頼っていても何も変わらない、個人が頑張らなければ解決しないと思ったので、自ら部落解放運動組織を結成し、高校時代には『テスト対策委員会』を結成し、気が付けば自分が中心となって様々な組織を創り、運営していました。
 被差別部落で育ってきたことや、アルバイトの経験、組織の運営などの経験をしていなければ、こんなに熱心に部落問題に関わっていなかったのかもしれません。
 その後も紆余曲折がありましたが、その後の話をすると長くなってしまいますので、続きはまたの機会にお話しさせていただきたいと思います。ありがとうございました。


 

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