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李 美葉 さん
| プロフィール
在日2.5世(父一世、母二世)。1991年、子どもの被差別体験から京都にて在日の保護者会を結成。当センター設立にかかわり、現在に至る。市民として日本社会と「在日」社会の人権意識向上を目指して活動を続けている。
2003年度、当センター理事長に就任。大阪府大東市人権擁護施策推進審議会委員。財団法人アジア・太平洋人権情報センター評議員 |
(多民族共生人権教育センター 理事長)
「在日韓国・朝鮮人を理解するために」
2005年3月22日
多民族共生人権教育センター 企業学習会 |
同じ民族、でも違う・・・
2003年末現在で、61.3万人の人が韓国籍・朝鮮籍として日本で生活されています。そのうち約47万人が特別永住者と呼ばれる人です。特別永住者というのは、旧植民地出身者とその子孫つまり1945年以降祖国に戻らず日本にとどまった人とその子孫ということです。それ以外の約14.3万人の人は、1948年に朝鮮半島が南北分断国家が成立した以降に大韓民国から日本に渡って来た人とその子孫ということになります。同じ民族なのですが、その中にも来日の際の背景によって2つのパターンがあるということをご理解いただきたいと思います。
植民地時代には、朝鮮半島出身者も日本国籍者として扱われました。しかし、外地の人間として日本国内に住む日本人とは区別されていました。日本が敗戦を迎えて以降、1948年の外国人登録令によって「みなし外国人」として一気に立場を変えられてしまいました。そして、1952年に日本がサンフランシスコ講和条約を締結するにあたって、外国人登録令が外国人登録法として正式に制定されました。
1948年に大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国という国が成立していたにも関わらず、1952年に外国人登録法が制定した当時、日本に残っていた約70万人の朝鮮半島出身者に対して、出身地標記としての「朝鮮」を符号として与えるということで日本の国から与えられたのが「朝鮮」という国籍の意味です。ですからこれは国籍ではありません。
その時、本来であれば大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国、日本の3つの中から選択できる権利が与えられるべきだったのに、当時の日本政府の本音としては、社会主義の北の国家を認めるわけにはいかず、韓国だけを認めたかったのです。しかし現実にそんなことをすれば、日本に居住している多くの朝鮮半島出身者から反発があり、世界的に見ても道理に反します。そのため、苦肉の策として出身地表記としての「朝鮮」などという、いい加減なものを作り出したのです。その後日本は、1965年に韓日条約によって大韓民国とだけ国交を正常化しました。
「籍」の重み
「朝鮮籍」というのは韓国籍でも朝鮮民主主義人民共和国籍でもありません(後述参照)。外国に入国するためビザを申請すると「朝鮮籍」という符号を持っている場合には、非常に煩雑な手続きが必要です。韓国籍の人には韓国が発給しますが、「朝鮮籍」の人の場合は日本の法務省が「再入国許可証」を発行します。この「再入国許可証」というのは正式なパスポートではありません。そのため、どこの国に行くにもビザが取得しにくいという問題があります。また、入国する国が韓国となると新たな問題が出てきます。韓国に関しては同じ民族なので「臨時パスポート」というものを韓国政府から発行してもらわなければなりません。しかし、つい最近まで、臨時パスポートの発給は簡単ではありませんでした。申請手続きの際の領事の面接を受けた人の中には「どうして朝鮮という国籍にこだわっているのか。北朝鮮を支持するような考えを持っている人には来てほしくない。」というようなことを言われ、「朝鮮籍」でいることが罪であるかのように感じた場合もあったそうです。
数年前に、私の家族の戸籍を整理しようということになりました。夫の両親の戸籍から作っていかなければなりません。義父の場合は、当時の渡航証明書のようなものが残っていたのでそれを義父が住んでいた地域の役所に送り返すなどの手続きを経て、自分の戸籍を再度載せ直すことができました。しかし、日本にいる47万人の旧植民地出身者とその子孫の中には、韓国の戸籍を整理したり、新たに日本で生まれた人たちを載せることのできない人がたくさんいます。ですから、韓国には戸籍制度がありますが在日コリアンの全員が韓国の戸籍に載っているとは限らないのです。
ところが、帰化申請などをしようと思うと、韓国の戸籍を取り寄せなさいと言われます。中途半端に戸籍制度があるために、戸籍がないということでは帰化申請を受理してもらえないこともあるのです。
外国人登録の持つ意味
外国人登録というのはカードになっています。90日以上日本に滞在する外国人には登録の義務があります。外国人登録証は16歳以上に常時携帯義務が課せられ、違反すると過ち料または罰金が科せられています。また、外国人登録証の取り扱いに関する注意事項を見てみると「2.この証明書は常に携帯し、官憲の要求がある場合は提示しなければなりません。」と書かれています。官憲から要求されれば、拒否する権利なく提示しなければならないということです。しかしこの間、官憲でもないのにあちこちで外国人登録証明書の提示を求めているところがあります。その目的は、永住資格の有無を確認するためだという説明ですが、一般の人がこれの提示を求めてはならないし、これのコピーをとるということもしてはならないことです。また、もう1つ多く述べられる理由に、日本語を話すことがままならない外国人に、わざわざ役所に行って外国人登録記載事項証明書をとってきなさいというのは大変だから、外国人登録証明書のコピーでいいように便宜をはかっているという理屈があります。これは、相手が知らないのをいいことに行っている人権侵害です。指紋押捺は全面廃止されましたが、家族登録と指紋押捺の代わりの自筆の署名が必要になっています。私たち旧植民地出身者とその子孫は、基本的に更新期間は7年です。以前に比べればずっと長くなり、楽になりました。しかし、80歳になっても90歳になっても7年ごとに更新に行かなくてはなりません。せめて、ある一定以上の年齢になれば、更新を免除するなどの配慮があってもいいと感じます。
名前とアイデンティティ
私たち在日韓国・朝鮮人のうち90%が日本の名前(通称名)を名乗って生活しています。これは1939年〜1940年にかけて行われた創氏改名(日本の同化政策の一環で日本名を名乗るように義務付けられた)という歴史的な問題もありますが、同じ漢字圏の国で日本名を名乗っていても、外国人という違和感のないままに生活できている現実が「民族名を名乗ると差別される」という恐れと共にあるからだと思います。国会議員になられたツルネン・マルテイさんは、日本国籍を取得されて名前も音はそのままで漢字を当てはめています。しかし、いくら漢字を当てはめても、彼が外国にルーツを持つことはお顔を見ればすぐに分かります。ところが、私たちコリアンのように日本人とあまり風貌の変わらない東アジア圏の人にとって、日本人らしい名前に変えてしまっているというのは、非常に大きな壁になっていると感じます。今の日本社会の状況を見ていると、どうしても日本名で生活したいとおっしゃる方については、無理に民族名を名乗るべきだとは考えていません。しかし反対に民族名を名乗りたいと考えているのに名乗りがたい、名乗ることによって不利益をこうむる社会があることが問題なのです。
ダブルネームという表記の仕方をとってらっしゃる方もいます。いわゆるダブルの方が、名前を見れば2つのルーツを持ち合わせていることが分かるようにということで、両親のどちらの姓も名乗っているということです。
ますます増える日本籍コリアン
日本籍コリアンとは、大まかに言うと「帰化をして日本国籍を取得した方」や「日本人との国際結婚の結果生まれてきた人たち」になると思います。私たちはできるだけ「帰化」という言葉を使いたくはありません。なぜかというと、広辞苑に書いてある「帰化」の意味というのは「遠い地方の人が君王の特に感化されて帰服すること」です。その人の手下になる、従属するという意味があります。日本という国に私たちがひれ伏して日本国籍をとるわけではありません。この言葉は変えるべきであると多くの人が言っています。しかし、現在は法的な言葉となっているため仕方なく使っているという状況です。
帰化をするための要件として「生計要件」「治安的要件」「同化要件」の3つがあります。この中の「同化要件」というのは、私は日本人になりますということを宣誓することが帰化の要件の中に含まれているということです。帰化申請の最後には、立派な日本人になりますという意味の文が書かれた書面に署名捺印をしなければならないのです。ですから、非常に煩雑な手続きと、屈辱的なものであるということを感じて、一度帰化申請を出した方が途中で中止されるケースも少なくはありません。
近年日本人との国際結婚が非常に増えています。現在、在日コリアンの8〜9割が日本人との国際結婚という状況で、ダブルの子どもは22歳までにどちらかの国籍を選ばなければなりません。日本人とのダブルの場合、日本国籍を選択する人が圧倒的に多いのが現状です。そのため、学校などでも朝鮮半島にもルーツがあるのに日本人としてカウントされていて、人権学習などを進めていくなかで、実は自分の父は韓国人であるとカミングアウトする子もいるようです。学校側はそこで初めてその子のルーツを把握することになります。
祖国の分断がもたらすもの
次に南北分断国家の問題についてです。これは、私たち在日コリアンが望んだことでも、朝鮮半島に住んでいる人が望んだことでもありません。当時の東西冷戦の中で、大国が両国を好き勝手に翻弄し、引き裂いたという思いがあります。また、在日社会には在日本総連合会という朝鮮民主主義人民共和国を支持する団体と大韓民国民団(以前の居留民団)という大韓民国を支持する団体が、在日をも分断する形で長く影響力を持ち続けています。本来ならば、この2つの団体が在日コリアンの権益擁護のためにもっとがんばってくれるべきだと思います。しかしこれまでを振り返ってみると、本国とのつながりを強く持ってきた民族団体よりも、差別と闘う在日コリアンやそれを支援する日本人の手によって在日コリアンの権利は獲得されてきたというのが実感です。
徐京植氏(ソ・キョンシク)が『半難民の位置から』(影書房、2002年3月)という本の中で、「分断の痛みには【民族の分断】と【民族からの分断】の二重性がある」と書いています。本当にこの通りだと思います。祖国である朝鮮半島は分断し、現在も停戦状態です。在日コリアンである私たちは、分断した祖国と民族の両方から分断されてしまっているということです。韓国籍の在日コリアンが本国の政治に参画できるかというと、そうではありません。同時に日本でも参政権は認められていません。韓国に行けばパンチョッパリ(半分日本人だ)と言われ、日本では外国人だと言われます。つまり、朝鮮半島からも日本からも除外された狭間の存在であるということです。
狭間で揺れる在日コリアン
現在、日本で生活しているコリアンの多くが強制連行によって連れて来られた人とその子孫だと思ってらっしゃる方が多いと思いますが、そうではありません。一部にはそういった形で連れて来られた方がいらっしゃいますが、大半は植民地下で土地や食物を奪われ貧困から逃れるために日本に来たという方です。そして、このとき日本に来られた一世の方たちは「日本に同化してはいけない」と言って生活してきました。しかし、六世が生まれている今、在日コリアンの子どもたちは生まれてきた瞬間から完全に同化しています。今度は、その子どもたちをどう異化させてアイデンティティを確立していくのかということを考えなくてはいけないのが現状です。子どもたちのアイデンティティをいかにして育むかを考えたとき、民族学校に入れたいと考える人も出てきます。また、韓国に留学し、言葉や文化を会得した後、そのまま韓国に永住したいと考える人もいれば、朝鮮民主主義人民共和国を支持し、帰国事業以降に朝鮮民主主義人民共和国に帰国している人もいます。ひと口に在日コリアンと言っても、それぞれに祖国や民族に対する思いを持っており、この多様性というのは日本の方には理解されにくい部分だと思います。
制度的にもまだまだ問題が残っています。高齢者や障害者の無年金問題はもちろんですが、大学受験資格問題についても、朝鮮学校の子どもたちには正式な大学受験資格が認められておらず、各大学によって受験の可否が異なります。このほかにも、1月に出た鄭香均(チョン・ヒャンギュン)さんの最高裁判決のように、公務員の管理職登用は非常に厳しい状態にあります。いろいろな制度や場面で設けられていた国籍条項そのものは、多くのところで廃止されてきていますが、コリアンをはじめとする外国人排除はまだいたるところで見られます。内部に残された壁は厚いのが現実です。
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