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侵略の歴史総括が国際貢献の前提
旅客機がアメリカの世界貿易センタービルに突入するシーンを見て、だれもが大きな衝撃を受けた。アメリカは直ちに「報復」を決意し、イギリスなどの同盟国とともにアフガニスタンを連日爆撃し始めた。今度は、アフガンの人々が「報復」攻撃で命を落とすことになり、アフガンの人々の命が余りにも軽く扱われている。そうした最中、アメリカで生物化学兵器に使われる炭そ菌が発見され、アメリカ社会は第二の「テロ」の恐怖に包まれている。
今回の「テロ」は、世界中の人々の心を一瞬にして凍り付かせ、時間の経過とともに、凍った心は「憤り」が溶かし始めている。私たちはこの「憤り」の処理を間違えることのないよう、最大限の注意を払わなければならない。
ところで、日本社会は「テロは許せない」と一種の「パニック」状態だ。政府は、「テロに毅然と対処する」として、憲法を無視して、自衛隊(兵隊)をパキスタンに派兵してしまった。国会の野党は、この勢いを止(と)めきれず、「派兵」を追認している。
私は、今回の「テロ」を考えるとき、日本の「歴史」を省みないわけにはいかない。約百年前、日本は欧米列強諸国に肩を並べるためアジアの国々を侵略し、その侵略戦争を「聖戦」と呼んだ。戦後は、アジア諸国に侵略を「謝罪」したが、日本人の多くはいまだにそのことを「聖戦」と言っていて憚(はばか)らない。今年は、それを中学生の教科書に載せようとして、アジア諸国から猛烈な反発を招いた。
一方、今回の「テロ」は、実行犯たちにとっては間違いなく「聖戦(ジハード)」だった。小泉首相は、同じ「聖戦」なのに、彼らの「聖戦」を『世の中にこれほど残虐非道なことをする人がいる』と力を込めて批判した。しかし、日本の「聖戦」には一言も触れなかった。他者から見れば、「テロ」より数万倍残虐な侵略を「聖戦」と言いながら、侵略より軽微(?)な「テロ」を声高に非難している日本人は「不思議」と映っている。
また、目標物に飛行機で突入するという戦法は旧日本海軍が編み出したものだ。日本は、その戦法を「神風特攻(隊)」として、今でも、もてはやしている。決して、愚かで残虐な行為だったとは思っていない。それが証拠に、その人たちは靖国神社に「神」として丁重に祀(まつ)られている。
こうした日本人と、世界貿易センタービルに突入した「テロ」実行犯とは、どこが違うのだろうか。日本式に解釈すれば、あの「テロリスト」たちも「神風特攻隊」と同じで、「神風特攻隊」が「神」なら、「テロリスト」もまた「神」と理解しなければならない。同じ「特攻」でも、日本の「特攻」は「神」で、彼らの「特攻」は「テロ」とするのは、余りにも身勝手な考え方ではないか。
さらに、最近、アメリカで発見された炭そ菌は生物化学兵器になる。こうした生物化学兵器は、戦中に日本の「七三一部隊」が中国で生きた中国人を使って研究していたことで有名だ。戦後は、「七三一部隊」が作った膨大な研究資料とともに、その実態は闇(やみ)に葬られた。日本が、過去の生物化学兵器の歴史を隠したまま、「テロリスト」達の生物化学兵器だけを非難する姿は厚顔無恥に映らないか。
このように、日本は過去の侵略の歴史を総括していないために、国際問題が生じたとき全く身動きがとれなくなる。侵略を「聖戦」と言わず、靖国神社を単なる神社にし、「七三一部隊」が何をしたのか細大漏らさず明らかにすべきだ。それから始めなければ、真の国際貢献はできない。
そして、侵略者だった日本だからこそできる、暴力でない「テロ」を防止するプロセスを明らかにし、国際社会に提示すべきだ。
そうすることで初めて、日本は国際社会で名誉ある地位を築ける。それが、日本の平和憲法を生かす道である。
多民族共生人権教育センター理事長 李敬宰
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