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「コリア系日本人」と「在日日本人」の可能性
21世紀半ばまでには、アジア系人口が全人口の10%を超えるだろうといわれるアメリカ合衆(州)国(以下、アメリカと表示)と日本を同列において比較することは無意味であろう。しかし、韓国からアメリカに移住した人やその子孫は、「コリア系アメリカ人」と自らをよぶのに対し、日本で1世紀を超える歴史をもつ「在日韓国・朝鮮人(コリアン)」が、なぜ「コリア系日本人」となりえないのかという、心にかかるひとつの疑問が頭を離れない。この日本が多民族・多文化社会として成長していくことを願う全ての人は、まずこの疑問にきちんと正面から向き合って考え、そして答えていくことから始めるしかないのではないだろうかと私は考えている。
これに答えるに日本の根深い差別的社会体質をあげる人がいる。しかし、差別のことを言えば、アメリカもけっして日本に「負けてはいない」歴史をもった国である。もちろん、アメリカのほうが移民や外国人にオープンな法制度をもっているということは事実である。しかし、それさえも実はマイノリティの運動によって勝ち取られた成果だとするならば、やはり、その運動に焦点を当ててこの答えを探っていく必要があるように思う。
アメリカにおけるマイノリティ運動の歴史は、「公民権運動」と「アイデンティティ」というキーワードを抜きに語ることはできない。世界中から多くの移民がアメリカに渡ったが、アメリカ生まれの第二世代になっても、主として西欧からの白人以外は、その親の出身国や人種が、自他ともに認めるアイデンティティの拠り所であった。自らを「アメリカ人」であるとして、他にも認めさせようとする努力の例としては、第二次大戦中、市民としての権利を剥奪され強制収容所に入れられながら、アメリカ軍に志願しヨーロッパ戦線を転戦した日系二世の中に強く見ることができる。しかし、それは「アメリカ人」への道であり、「アジア系あるいは日系アメリカ人」としてのアイデンティティは、三世の登場を待たなくてはならなかった。
南部の黒人を中心に始まった公民権運動は、人種・民族などによる差別を撤廃し、アメリカ市民としての平等を求めた運動であった。そのスローガン「ブラック・イズ・ビューティフル」に代表されるように、自らのルーツに対する誇りを拠り所に、アメリカ社会の正当な一員となっていこうという思想を内包したこの運動の中から、「アフリカ系アメリカ人」というアイデンティティが、1960年代になって初めて語られるようになる。この公民権運動は、多くのマイノリティアメリカ人に大きな影響を与えた。日系三世も、自らを第三世界の人々と繋がるという思いを込めて、「アジア系アメリカ人」というアイデンティティを確立していく。こうして、アメリカ社会を内部から変革し、真の意味での多民族社会をめざそうとマイノリティ自身が決意したとき、初めて「アフリカ系アメリカ人」あるいは「アジア系アメリカ人」が歴史に登場してきたのである。
翻って日本の現状を見ると、在日コリアン社会は、「帰化」し同化していく人々と、日本国籍に強い抵抗感を持つ人々に大きく分化しているように外からは見える。しかし、その中に「コリア系日本人」としてのアイデンティティを強く打ち出していく選択肢もあるのではないだろうか。まず外国人参政権の問題をクリアすることが先決ではあるが、その道筋の延長に「帰化願い」ではなく、日本社会の一員として当然の市民権(国籍)を要求する運動が今こそ求められているように思う。
日本最大のマイノリティグループである在日コリアンが、こうした形で日本社会に参加してくることにより、他のマイノリティグループを大いに勇気付け、今後マイノリティを主役とした日本における多民族化が急速に進展していくのではないだろうか。この運動は、自らを日本社会の重要な構成員として、その権利と民族的・文化的ルーツへの誇りを強く主張する「公民権運動」であり、日本が豊かな多様性を持った社会に生まれ変わっていく第一歩となるのかもしれない。
現在、「日本人」と「外国人」しか存在しない日本が、「コリア系日本人」をはじめ、「ブラジル系日本人」、「中国系日本人」など、様々な人々が自由に行き交う社会になっていったらどんなに楽しいことだろう。私自身も「アジア系日本人」であり、たまたま、日本で生活を営んでいる「在日日本人」という意識で生きていきたいと、今考えているところである。
| 大手前大学社会文化学部教授 |
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| 多民族共生人権教育センター理事 |
安藤 幸一 |
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