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人種差別禁止法 〜なぜいま必要か〜
「出て行け、向こうへ行け、黒人は嫌いだ」
ご存じのようにこれはつい最近、大阪府内の眼鏡店でショーウィンドーを見る客に投げかけられた言葉だ。この間、同じようなことが、「外国人お断り」「ジャパンニーズ・オンリー」「あなたの肌の色は普通の色ですか」等々と行われ、訴訟が起こされてきた。
差別を禁止する憲法にもかかわらず、民族や部落を口実とする差別は、この日本社会を覆い、多くの事件となった。そして、1996年に人種差別撤廃条約が日本で発効した後日常生活で繰り返される人種差別に対し「日本人」とは区別されるアイデンティティを持つ人々が、裁判という形で行動し始めた。そうした裁判では、浜松で、小樽で、埼玉で東京で、人種差別は不法行為であるとして損害賠償を命じる判決が積み重ねられている。
しかし、それは決して根本的な解決ではないだろう。なぜこうした人種差別がいつまでも繰り返されるのか、条約のもとで「人種差別を禁止し、終了させる」義務(2条1項d)を持つ国や自治体は、この10年間に何をしてきたのか。この問いに対する答えはまだ出されていない。
小樽市の入浴拒否事件では、市は入浴拒否が1993年から行われ、それは人種差別であると考えていたと証言した。埼玉県で不動産業者が執拗に入居希望者の「肌の色」を尋ねた事件では、外国人が入居を断られるという苦情が長年にわたって埼玉県庁に寄せられ、県が対策をとることを表明していた。しかし、人種差別を行った民間業者の責任を認めた裁判所も、小樽市や埼玉県がそうした人種差別を放置した責任を認めるにはいたらなかった。人種差別撤廃条約を見ればすぐわかるように、社会から人種差別をなくす第1次的な義務を負っているのは、何よりも国や自治体の公的機関なのである。逆にこれらの事件において民間業者は、「外国人」や「肌の色の濃い人をお断りするのは、他の客や家主の要求であって、それがいけないことだとお上がはっきりさせない限り、自分たちにはどうしようもないとの「弁解」をしていた。日本社会の基底に拭いがたく存在する人種差別意識を払拭していくためには、個々の裁判では限界に突き当たらざるを得ない。
日本で人種差別禁止を実現するためには立法が必要である。そのことが最初に確認されたのは、2001年の人種差別撤廃条約政府報告書審査の場であった。人種差別撤廃委員会は日本の人種差別の状況を審査した上で、日本政府に対し「人種差別を禁止する特別法の制定が必要であると信ずる。」(最終所見10項)という勧告を行った。そして今、人種差別に関する事件が多発する中で、この勧告を実施すべき必要性はますます高まっている。
昨年10月に宮崎県で開催された日弁連人権擁護大会のシンポジウムでは、外国人・民族的少数者の人権基本法要綱試案が発表され、人種差別を禁止する法律や条例を制定すべきことが求められた。同じ時期、(社)自由人権協会の外国人の権利保護小委員会は、実際の人種差別法案を公にし、あるべき法律や条例のモデルを明らかにした。そして、これまで人種差別の被害を受けてきた「外国人」あるいは民族的少数者は、条約批准後長きにわたって何の施策もとってこなかった日本政府に対する訴訟を検討し始めている。
人種差別禁止法を、国家的な法律であれ、地域社会の条例であれ、作り出していく機運は確かに高まりつつある。しかしもし、そのような機運が実際の法制定につながって行かなければ、どうなるだろうか。人種的偏見と憎悪が抜きがたく人々の意識に潜在・顕在する社会、そのような惨めな社会に我々は生き続けなければならなくなるのである。
霞ヶ関総合法律事務所 弁護士 東澤靖
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