多民族共生人権教育センター
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オピニオン 在日の一つのハンプリ(解き放ち)を −旧植民地出身高齢者の年金補償裁判の控訴審にむけて−

在日のひとつのハンプリ(解き放ち)を
−旧植民地出身高齢者の年金補償裁判の控訴審にむけて−

 2005年5月25日の旧植民地出身高齢者の年金補償裁判の大阪地裁判決は許しがたいものだった。
 この訴訟争点は、1959年の国民年金制度創設時に国籍要件を設けたこと、1982年の国籍要件撤廃時及び1986年の制度見直し時に救済措置をとらなかったことについて憲法14条違反及び国際人権規約違反か否かである。

 しかし判決は「塩見訴訟」最高裁判決を踏襲しているもので、「被保険者の範囲を国籍によって限定しないとする立法もありうるところではある」「何らかの救済措置が講じられることが望ましいものであったことは否定しがたい」としながらも「外国人に対する社会保障の責任は第1次的にはその者が属する国家が負うべきであるから(中略)、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも、許されるべきことと解される」と原告の主張を全面的に破棄した。それどころか「いわゆる在日韓国・朝鮮人であっても、我が国に居住するに至った事情は様々である以上、戦後補償責任として一般に主張されている内容自体も一義的でなく、法律根拠となり得ないものである」「いわゆる在日韓国・朝鮮人についても、その歴史経緯等などに鑑み、日本国民と同様に取り扱うか、それとも他の外国人と同様に取り扱うかという点についても、立法が広範な裁量の下に判断する事柄であり本件立法措置につき、立法府がその裁量を逸脱乱用したものと認められない」と、在日の歴史的経緯をまったく無視したものであり、在日は煮て食おうが焼いて食おうがと言いせしめた戦後一貫した処遇である。

 現在、私が住んでいる川崎市は在日韓国・朝鮮人が集住しており、私の事務所の隣では毎週多くの在日1世のハルモニたちが集まり、民族の歌を歌い、踊り、大声で笑い、楽しい一時を共にしている。このトラヂの会に関わるある人は「来る時は、杖をつき、よろよろで来るが、過ごしているうちに元気になり、帰る時は杖を忘れるくらいシャキッとして帰る」という。また、東京から、横浜からと何時間もかけて通ってくるハルモニもいる。その意味でここはハルモニたちにとって心のオアシスなのであろう。
 そんなハルモニたちから多くのことを学んだ。ある時ポツリと言う。「『チョウセンジン!』と差別され、今は年金もなく、本当に情けない」「公園の掃除を30年してきました。30年ですよ日本人だったら楽に年金がでます。私ら国籍がないから(年金は)ダメだといわれました」
 「特別扱いしてくれといっているんじゃない。日本人と同じにしてほしいだけ」「昔、日本人は1円70銭もらっていたのに、私ら1円50銭しかもらわなかった」

 戦中、炭坑に徴用されたり、戦争で夫を亡くしたり、戦後の民族差別の中、労苦を重ねてきた在日1世たち。また就職差別の結果、厚生年金をもらえる職場につけず、国民年金は国籍条項のため加入できず、そのほとんどが無年金です。そんな1世たちに豊かな老後をというだけでなく、これまでの差別の生活史、その思いをハンプリできるよう、現存の年金制度の壁を取り去りたい。
 大阪地裁がいう“在日を排除しても逸脱・乱用ではない”“在日韓国・朝鮮人であっても”という理屈の中に1世たちの生様は考慮されているのだろうか。裁判所はこの1世たちに寄り添うものであるのか。国家権力に追随することしかない法衣を脱ぎ、「正義」として当事者の思いを考えるべきである。

 原告団のお一人が志半ばで他界された。時間はない。高裁での早急な、1世たちがハンプリできる判決を望む。

かながわみんとうれん 代表 金秀一(キムスイル)

 

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