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風通しの良い社会をめざして
電車の座席に黒人の男性が座っていました。車内は少しずつ混んできているのですが、彼の両隣の席はあいたままになっています。向かいの席に座る日本人女性が、無作法な視線を時々送りますが黒人男性は意に介さず本を読み続けています。あるいは、夜遅くバスに乗り込んできた若い白人女性に対して、あきらかにアルコールの入った日本人男性が、上から下までなめまわすような視線を送り続けています。 こうしたことは、2006年現在の日本の都会において日常的に見られる光景です。また、電車など公共の場で外国人とわかる人がいた場合、日本人がその人との間に取る距離は、肌の色が濃くなればなるほど、あるいはその外見が日本人と異なったものであるほど広くなっていくようです。これは正確な統計をとったり、科学的根拠のある調査の結果ではなく、私が個人的に体験した数々の事例の観察結果にすぎません。しかし、日本に長く住む外国人からは、かなり共感を得られる感想ではないかと思います。
これだけ外国人が増え、私たちの生活の中で眼に見える存在になっているにも関わらず、いまだに「ジロジロ見る」「距離をおく」「接触を避ける」あるいは、時に「見ないふりをする」対象になっているのはなぜなのでしょう。 その理由の一つは、日本人の心の底に「日本人と外国人の間には、簡単に越えられない溝がある。」という思い込みが、デンとして居座っているからではないかと思います。そして、この境界線を越えて、異なった民族的外見や文化を持った人が、自分のテリトリーに入ってきたときに、こうした反射行動が起こるのではないでしょうか。
大東市眼鏡店のアフリカ系アメリカ人入店拒否事件は、はっきりと眼に見える形で、私たちの日常生活の中に、更に攻撃的な差別行動の芽がいくらも隠れていることを示してくれた例だと思います。 この両者の間の「境界線」は、すでに100年以上の歴史をもつ在日韓国・朝鮮人が、日本で生まれ育った三世、四世の時代となっても、いまだに「外国人」として暮らすという現状を見るときに、深く刻まれた「歴史の区分線」であることを実感せずにはいられません。このことに関しては、「在日」の人々が自らの民族性に固執していることが問題なのだという人がいます。ところが、同じ朝鮮半島から、例えばアメリカに移民として渡った人々とその子孫は、「在米コリアン」ではなく「コリア系アメリカ人」と自らを呼んでいることを思えば、民族性の問題というよりは、受け入れ側の国に関わる問題として捉えたほうが理屈にあっているように思われます。
多くの日本人が、日本人と外国人の間を線引きし、日本は「日本人と外国人しかいない国」であると意識の底で考えているということを、まず認識することが大切です。
長い歴史に渡って、「単一民族」であるという建前のもとに、その文化を形成してきた日本にとっては、外国人を日本という国に「仮に住んでいる」特別の人々として隔離しておくことは、想定外の事件や事故から身を守るための防衛手段だったのかもしれません。しかし、そのために失うことがあまりに大きいということにも、私たちは気づかなくてはいけない時代がやってきているのだろうと思います。何よりも、日本で生まれ育った外国にルーツを持つ子ども達、あるいは、日本人と外国人を両親に持つ子ども達など、そもそも「線引き」をすることのできない世代が急増し、日本という国の大切な一部となってきている現状を見るとき、大きな意識改革が必要になってきているように思います。
外国人をジロジロ見る無作法な態度や、(心遣いのつもりで)無視してしまう不自然でよそよそしい行動を、私たちはもう一度立ち止まって考えてみる必要があるように思います。これは、もちろん、純粋に相手に興味をもち見つめてしまう、例えば「素敵だな」「(子どもが)かわいいな」といった好意的な視線を意味するものではありません。
日本が、「日本人と外国人しかいない」という意識上の「狭い国」であることから脱皮し、様々に異なった人々が自然に行きかうことができるような、真の意味で多民族・多文化社会を目指すとき、もっともっと風通しの良い国になっていくのだろうと思います。
そして、そういう心地よい空気を皆が感じることのできる社会を、私たちの次の世代には伝えていきたいと思うのです。
多民族共生人権教育センター 理事
大手前大学教授 安藤 幸一
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