多民族共生人権教育センター
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オピニオン 2007年を迎えて

地域における在日コリアンの歴史を考える〜「地域の国際化」への土台として〜

先日、法務省入国管理局は2006年末現在の外国人登録者統計を公表しました。それによると、外国人登録者数は初めて200万人を超えた2005年末からさらに増加し、約208万人に達したことが明らかになりました。また、在留資格別に見ると、「一般永住者」が前年より約45000人増え、約40万人に達しているのが注目されます。ここに「定住者」「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」を合わせると約937000人となり、就労に制限のない在留資格を持つ人が全体の約45%を占めます。従って、いわゆる新渡日外国人についても「定住化」がますます顕著になってきていると言えます。

こうした状況の中、今最も重要なのは、「外国人を地域で生活する住民と捉える」という視点ではないでしょうか。総務省「多文化共生の推進に関する研究会報告書」(20063月)では各地域での在日外国人への支援、交流の取り組みが紹介されていますが、多民族・多文化共生のための施策は今後の地方自治のあり方を考える上でもますます重要になってくることでしょう。

こうした「地域の国際化」が各地域で活発に議論されるようになってきたのは確かに好ましい傾向ですが、本来はずっと前から広く議論されるべきであった課題です。日本社会において最も長い歴史をもつ「外国人」と言えば、やはり旧植民地出身者とその子孫である在日コリアン(特別永住者)です。2006年末の法務省統計では「特別永住者」は約443000人で、外国人登録者数全体に占める割合は約21%ですが、かつては在日外国人の大半は在日コリアンでした。ところが、日本社会において在日コリアンに対する理解が十分に進んでいるとは言いがたいのが現状です。

在日コリアンの歴史は100年を超えます。日本による「韓国併合」は1910年のことですが、それ以前にも、1905年の「日韓保護条約」などにより日本が朝鮮半島の植民地化を進める中で、企業などの募集などによってコリアン労働者が日本各地の鉱山や鉄道工事現場で働いていました。その後、朝鮮半島における土地の収奪などにより多くのコリアンが日本への渡航を余儀なくされました。こうして、在日コリアンの人口は年々増加し、1940年には約119万人、1945年の日本敗戦時には約200万人に達していたとされています。日本の人口全体に占める割合で見ると、1940年は約1.6%19458月だと実に2.7%になります。現在、日本の人口全体に占める外国人の割合は約1.6%なので、日本社会は1940年代の前半、現在以上に多くの「異民族」を抱えていたことになります。戦後、多くの人は故郷に帰りましたが、朝鮮半島分断による政情不安、生活基盤の問題などにより、約60万人のコリアンが戦後も「在日」を余儀なくされました。

こうした歴史の中で、在日コリアンは地域社会とさまざまな形で関わってきました。例えば、私が学生時代に勉強した滋賀県では、主要工業であった繊維業において、工場の建設や製品の生産などに多くのコリアン労働者が関わっていました。そして、発電所工事、鉄道の敷設、道路やトンネルの改修といった社会基盤の整備においても、コリアン労働者が関わっていた事例は数多くあります。さらに、戦時期には地域住民とともに勤労奉仕などに動員されたばかりでなく、労働力不足を補う存在として、内湖(琵琶湖周辺に点在していた沼のこと)干拓工事や軍事施設の建設・拡張工事において重要な役割を果たしました。もちろん、在日コリアンの多くが好き好んで日本に来たわけではないこと、そして就職差別、低賃金、入居差別といった苛酷な状況に置かれていたことを認識しておくことは大前提ですが、地域社会との関わりという視点で考えた場合、これら在日コリアンの生活の歴史は見逃せない事実です。

ところが、自治体史や戦争体験記などの郷土資料を見ても、各地域における在日コリアンへの言及は非常に乏しいのです。さらに、地域の方から話を聞こうとしても、そうした事実を積極的に語って下さる方はなかなか少ないというのが現状です。実際、私の知人が滋賀県のある鉱山におけるコリアン労働者の歴史を調べるため、地域の方に聞き取りを行おうとすると、「わしらにとって思い出の所なのに、何で朝鮮人のことを持ち出すのか」と言われるなど、かなり困難があったという話を聞いたことがあります。

これらのことは、在日コリアンを地域で生活する「住民」と捉え、歴史を共有しようとする意識が不足していることを如実に示しているのではないでしょうか。その結果、排外意識が今も根強く残り、大多数の在日コリアンが「日本名」で生きていかざるを得ないという状況につながっているのではないかと思います。そして、新渡日外国人に対しても、労働現場や日常生活で、これまで在日コリアンが経験してきたのと同様の差別が起こってきています。

「地域の国際化」を考える際、現状への対処だけでなく、地域社会が在日外国人に対してどのように向き合ってきたか、その歴史的経緯を学び、将来に生かしていくことも重要です。従って、100年にわたる在日コリアンの歴史を「地域に生きる住民」という視点でとらえ直し、歴史を共有できる環境をつくっていくことは、各地域において多民族・多文化共生社会を実現していく上で、一つの大きな土台となるのではないでしょうか。

NPO法人多民族共生人権教育センター 事務局 稲継 靖之

 

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